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東京地方裁判所 平成2年(ワ)10504号 判決

原告

(旧々商号 伊藤萬食品株式会社、旧商号 イトマン食品株式会社)

株式会社つぼ八

右代表者代表取締役

大島勝

右訴訟代理人弁護士

坂口昇

被告

壮和フーズ株式会社

右代表者代表取締役

松田竹司

右訴訟代理人弁護士

大槻和夫

長澤正範

主文

一  被告は、看板、袖看板、のれん、提燈、メニュー表、はし袋、マッチなど営業上の施設及び活動に、別紙標章目録(1)ないし(3)の標章を使用してはならない。

二  被告は、

1  別紙店舗目録(一)記載の店舗の看板、袖看板、のれん並びに同目録(二)記載の店舗の看板、袖看板、提燈に表示された別紙標章目録(1)及び(2)の標章

2  別紙店舗目録(二)記載の店舗のメニュー表に表示された別紙標章目録(3)の標章

3  別紙店舗目録(一)及び(二)記載の店舗で使用されているはし袋及びマッチに表示された別紙標章目録(1)の標章を抹消せよ。

三  被告は、原告に対し金一〇六四万円及びこれに対する平成二年九月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用はこれを五分し、その四を被告の、その余を原告の負担とする。

六  この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一、二項同旨

2  被告は、原告に対し金一五三五万円及びこれに対する平成二年九月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1、2項について仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一  当事者

1  原告は、昭和五七年四月二日設立され、現在の資本金は五億円で、「居酒屋つぼ八」、「カジュアルハウスつぼ八」の屋号を使用し、直営及びフランチャイズ方式により居酒屋を全国に展開している。

2  被告は、資本金三〇〇万円の飲食業等を目的とする会社で、昭和五九年六月から別紙店舗目録(一)記載の店舗(以下、「被告店舗(一)」という。)において、昭和六二年七月から同目録記載(二)の店舗(以下、「被告店舗(二)」という。)において、いずれも和風飲食店を営んでいる。

二  原告営業表示及びその周知性。

1  原告の営業表示は、「つぼ八」の文字を中心として「居酒屋」又は「カジュアルハウス」のやや小さい文字からなる「居酒屋つぼ八」(以下、「原告営業表示(一)」という。)及び「カジュアルハウスつぼ八」(以下、「原告営業表示(二)」という。)との標章並びに「つぼ八」の標章(以下、「原告営業表示(三)」といい、原告営業表示(一)ないし(三)を総称して「原告営業表示」ともいう。)である。

右「つぼ八」の文字は、「つぼ」と「八」の互いに関連性のない文字の組み合わせによる造語であって、特異性があり、外観、称呼、観念において印象は強烈であり、強い自他識別力がある。

2  昭和五九年六月の時点において、原告営業表示は京都市を含む関西地区において周知となっていた。即ち、

(一) 原告は、昭和五七年四月の会社設立後、直ちに原告営業表示(一)及び(二)を使用して、直営及びフランチャイズ方式により居酒屋を全国に展開する事業(「つぼ八事業」)を始めたが、急成長を遂げ、昭和五八年末には北海道を除く全国に直営店とフランチャイズ加盟店を合わせ約一〇〇店を擁し、昭和五八年の対前年比売上高伸び率は日本の飲食業界において第一位であった。また昭和五八年当時は別会社で、昭和六〇年九月に吸収合併した北海道つぼ八所管の店舗を合わせると、店舗数は約一七〇店、昭和五九年五月時点では北海道つぼ八所管の店舗を合わせると約二三〇店であった。

関西地区においては、昭和五七年に大阪府に三店、昭和五八年に兵庫県に二店いずれもフランチャイズ加盟店が開業した。

(二) 当時の原告の売上高等は次のとおりである。

(1) 昭和五九年三月期

原告の売上高 三一億円

広告宣伝費 六三五七万円

加盟店を含むグループ全体の売上高

八〇億円

店舗数 一二八店

うち大阪、京都、兵庫、奈良、滋賀所在 五店

(2) 昭和六〇年三月期

原告の売上高 七〇億円

広告宣伝費 三億四四三八万円

加盟店を含むグループ全体の売上高

一八七億円

店舗数 二四〇店

うち大阪、京都、兵庫、奈良、滋賀所在 八店

(三) 原告のつぼ八事業の急成長は、昭和五九年六月までの間に業界紙誌に取り上げられるのはもちろんのこと、一種の社会風俗、流行として全国紙の新聞・雑誌記事にもしばしば取り上げられた。この時期急成長した居酒屋営業はそれまでと異なり女性客、若者を顧客とし、「イッキ飲み」の流行語が生まれるほどの人気を呼び、社会風俗として一般大衆向けのマスコミにもたびたび取り上げられた

外食業界においても、つぼ八事業の急速な展開は注目の的であり、業界紙誌にも頻繁に取り上げられ、原告も宣伝に努めていた。

(四) 原告が頻繁かつ大々的に行った加盟店募集、従業員募集広告と、看板など統一的店舗外装の、その多くが繁華街に立地するつぼ八店舗の存在自体もあいまって、昭和五九年六月時点において、原告営業表示は京都市を含む関西地区においても周知となっていたものである。

たとえ、当時京都地区に「つぼ八」の店舗がなかったとしても、今日のマスメディア、交通の発達により、東京の情報は即座に関西へもたらされるのが実情であり、また、大阪、京都、兵庫、奈良、滋賀の府県は通勤、通学、買物、飲食、レジャーにおいて一体である。

3  また、現時点において、以下の事情を考慮すれば、原告営業表示は京阪神を含めて全国的に周知である。

(一) 原告の平成二年九月期の売上高は約一一八億円、従業員は三〇四名、年間広告宣伝費は二億一〇〇〇万円であり、加盟店を合わせたグループ全体の売上高は約五一七億円である。平成二年一〇月二五日時点における直営店、加盟店の合計は四三七店で、そのうち大阪、京都、兵庫、奈良、滋賀所在は二八店であった。

右時期において、全国の居酒屋チェーンの中で、原告は売上高、店舗数とも第三位であった。

(二) 平成元年一月から平成二年一〇月までの間の原告についてのマスコミの報道、広告宣伝の主なものは左のとおりである。

(1) 日本経済新聞、日経流通新聞、日経産業新聞に掲載された原告関係の記事三六件、業界誌月刊食堂の記事、一般誌の「フラッシュ」等による報道。

(2) 一般誌である大阪新聞への広告掲載、業界誌である日経レストラン、飲食店経営への広告掲載、ラジオによる広告。

(3) 各店舗の開業及び周年毎に一店五万枚配付するチラシや、メニュー変更の都度、北海道以外で二〇万枚配付するチラシによる広告、ティッシュペーパーの配付による広告。

(4) 平成元年一二月には、フジテレビ及びテレビ東京で原告の店舗を含む居酒屋営業に関する放映がされた。

三  被告営業表示

被告は、その営業を示す表示として、被告店舗(一)の看板、袖看板、のれん並びに被告店舗(二)の看板、袖看板、提燈に別紙標章目録(1)及び(2)の標章(以下、(1)の標章を「被告営業表示(1)」と、(2)の標章を「被告営業表示(2)」という。)を被告店舗(二)のメニュー表に別紙標章目録(3)標章(以下、「被告営業表示(3)」といい、被告営業表示(1)ないし(3)を総称して「被告営業表示」ともいう。)を、被告店舗(一)及び同(二)で使用しているはし袋及びマッチに別紙標章目録(1)の標章をそれぞれ使用している。

四  被告営業表示と原告営業表示との類似性

被告営業表示と、原告営業表示とを対比すれば、外観、称呼、観念のすべてにおいて両者は類似している。

即ち、被告営業表示では、いずれも「つぼ八」の文字が大書強調され、「司」の文字は小さな文字で付加されているに過ぎず、一般需要者には「司」を捨象して「つぼ八」として認識され、記憶されるものであり、被告営業表示の要部は「つぼ八」である。

そして、原告営業表示の要部も「つぼ八」であり、原告営業表示と被告営業表示の外観及び称呼の類似は明らかである。

五  原告の営業と被告の営業との混同及び原告の営業上の利益が害されるおそれ

1  原告営業表示そのものあるいはその要部である「つぼ八」は業界及び一般大衆の間で著名であり、それ自体特定の観念を生じない造語であり特異であること、また被告営業表示は既に延べたとおり原告のそれと同一ともいえる程に類似しているから原告の営業と被告の営業が誤認、混同され、これにより原告の営業上の利益が害されるおそれがある。

2  被告の主張するような営業表示や顧客層の些細な違いは、時と距離を隔てて対比観察するいわゆる離隔的観察によるとき意識の外へやられ、結局周知営業表示の方へひきつけられ混同が生じる。

即ち、付加表示の存在は常態であり、付加表示に標章の表示力を打ち消すほどの表示力のない限り、付加表示の存在によって混同のおそれが直ちに否定されることはない。また、顧客層の違いも、被告店舗(一)と原告の飲食物の価格は同程度、被告店舗(二)も若干高価という程度であって、いずれにしても大衆相手であることに変わりはない。

3  現実に宴会シーズンには混同の電話が再三かかり、また被告店舗の近隣住民すら、被告の営業を原告の営業と混同しているなど、混同の実例がある。

六  被告の故意又は過失

被告は、レストランを数年間経営したのち、居酒屋ブームの時期に新規に居酒屋業界へ進出したものであり、被告店舗(二)を開店した昭和六二年七月当時はもとより、被告店舗(一)を開店した昭和五九年六月当時も原告の営業を容易に知る得る状況にあったから、これを知っていたものであり、知らなかったとしても原告営業表示の存在に気付かなかったことについて少なくとも過失があった。

七  原告の損害

1  被告店舗(一)は二五坪を、被告店舗(二)は八〇坪を下らない面積を有するものである。仮に被告が原告と「居酒屋つぼ八フランチャイズ契約」を締結した場合、被告が原告に支払うべき金額は、加盟金が、昭和五九年六月当時が基本加盟金一〇〇万円と二万円に店舗坪数を乗じた額との合計額、昭和六二年七月当時が基本加盟金一五〇万円と二万五〇〇〇円に店舗坪数を乗じた額との合計額(ただし二店目以降は基本加盟金は二分の一)であり、ロイヤリティとして昭和五九年六月当時の契約では一か月につき二〇〇〇円に店舗坪数を乗じた金額、昭和六二年七月当時の契約では一か月につき二五〇〇円に店舗坪数を乗じた金額を、開業の月から毎月前月の二五日に支払うことになっている。

2  したがって、原告は、被告店舗(一)について、加盟金相当額一五〇万円と、昭和五九年七月分から平成二年八月分までのロイヤリティ相当額三七〇万円との合計五二〇万円及びこれに対する遅延損害金相当の損害を、被告店舗(二)について、加盟金相当額二七五万円と昭和六二年八月から平成二年八月までのロイヤリティ相当額七四〇万円との合計一〇一五万円及びこれに対する遅延損害金の損害を、それぞれ被ったものである。

八  よって、原告は被告に対し、被告営業表示の使用差止め及びその抹消並びに右損害金の内元本相当額及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  請求原因に対する認否

一  請求原因一1は知らない。同2は認める。

二1  請求原因二は、原告営業表示が、昭和五九年六月ないし今日において、京都地区で周知のものとなっていることを否認し、その余は知らない。

2  原告営業表示の中の「つぼ」は、「壺」、「坪」又は急所、要点という意味の「つぼ」といった多様の意味を指示し得、しかも、そのいずれの意味においても日常一般に広く用いられるありふれた用語である。そして、「八」は日常において飲食物の営業表示の一部として広く用いられる文字である。このように日常的に広く用いられる「つぼ」と「八」を組み合わせた「つぼ八」という表示が、その組合せに何ら特異性がなく、その語呂、語感の良さもあいまって、一般に用意に連想、造語され得ることは、本件類似の差止請求が全国各所で提訴されていることから見ても明らかである。

3  被告は、昭和四二年二月、資本金三〇〇万円で設立され、本店を京都市伏見区に置き、市内でレストラン三軒、和風飲食店二軒(被告店舗(一)、(二))を経営しているものである。昭和五六年九月に被告店舗(一)(「司つぼ八」藤森店)を、昭和六二年七月に被告店舗(二)(「司つぼ八」本店)をそれぞれ開店した。

被告が被告店舗(一)を開店した昭和五九年六月当時、原告は、京都市内に一軒も店舗を有しておらず、京都市内以外の関西地区においても、原告は大阪府下で巣本店、八尾店、大東店の三店、兵庫県下で垂水川原店、神戸三宮店の合計五店舗を有していたにすぎない。そのうち大阪府下の三店舗はいずれも郊外地の店であり、また兵庫県下の二店舗について、垂水川原店は神戸市の西端にある郊外店であり、神戸三宮店はその後閉店している。

原告が関西支社を設立したのは昭和五九年一一月であり、関西地区の最初の直営店である心斎橋店を開店したのは昭和五九年一二月であって、いずれも被告店舗(一)の開店よりも後のことである。

このように昭和五九年六月当時、原告の関西地区における店舗の展開は極めて小規模かつ端緒的なものであり、原告営業表示が広告等で大々的に宣伝されたような事実もなく、原告営業表示は一般消費者の間で殆ど知名度がなく、原告営業表示は京都市内及び関西地区において周知性がなかった。

原告の主張する業界紙誌の記事や、加盟店募集、従業員募集の広告については、いずれも事業経営者、経済人向けの新聞等であって、原告営業表示を一般消費者に周知させる性質のものではない。飲食店営業の周知性判断は当該地区における一般人の間での知名度を基準にして判断すべきでものであるから、右のような記事や広告をもって原告営業表示の周知性の根拠とすることはできない。原告の主張する新聞記事等についても、創業者に関する記事であり、これらは直接には原告の営業及び原告営業表示を扱ったものではない。

4  飲食業においては、業者の営業及び営業表示は、一般消費者によって当該業者の店舗が現認、利用されることを通して、その知名度を高めていくのが通常の形態なのであり、かつ店舗があって、営業活動がなされていることを前提として、初めてそれ以上の展開を目指しての広告などが行われるのであるから、当該地域における店舗の有無及び数が、飲食業における周知性認定の重要な資料であることは当然である。現時点においても、原告は京都市内で四条大宮店(昭和六一年八月開店)と稲荷店(平成元年六月開店)のわずか二店舗を有するに過ぎず、しかも、いずれも京都市内では周辺地に当たる地域にあり、かつ四条大宮店は、路地裏の奥まった場所にある小規模店で、殆ど人目に立たないものである。

また、原告が昭和六一年一二月に、京都市内で唯一繁華街に出店した先斗町店は、営業不振のために平成二年三月にわずか三年余りで閉店に追い込まれている。この事実は原告店舗が京都市内で競争力を持てず、したがって周知性を獲得しえないでいることを如実に示している。

京都市は外食比率が低く、店舗物件の確保が困難なことなどの理由によって新規の外食業者が参入しにくい地域であり、このため原告も京都市内に本格的に進出できないでいる。京都市内では、原告営業表示の広告等は殆ど見聞きされず、かえって被告営業表示である「司つぼ八」の方がラジオ放送での定期的広告等により京都市内では人に知られている。

5  原告は、東京の情報は即座に関西へもたらされるのが実情である旨主張するが、飲食店営業は地域住民を顧客とするもので地場性が強く、そのような特質からその営業表示が周知性を持つに至っても、その周知性は地域的限定的なものにとどまるのが通例であり、チェーン店形態の飲食店であっても関東地区中心の業者と関西地区中心の業者の区別が認められるのであって、一方の地区で知られている営業表示が他方の地区ではほとんど知名度を有していないことは珍しくない。原告の主張は飲食店営業の特質を無視し、また、関西地区が関東地区と区別された独自性を有する経済圏、文化圏として存立している事実を看過する誇張された主張である。

更に、原告は、大阪、京都、奈良、滋賀の府県は、通勤、通学、買物、飲食、レジャーにおいて一体である旨主張するが、関西地区の中においても、京都市は古都としての長い歴史を有し阪神地方とは相対的に切り離された独自の文化、経済圏を構成しており、飲食店営業でも地元の業者が強固な地盤を張りめぐらしていて、外部の業者は容易に参入できず、したがって京都市内で新たに周知性を獲得するのは容易ではない。京都市は、政令指定都市として都市機能は完備されており、大阪、神戸に出向くには片道一ないし二時間を要することもあって、市民も買物、飲食等は京都市内の店舗で行うことが通例である。京都、大阪、神戸が関西地区として連続性を有しているとしても京都市は相対的独自性を強く持っている。原告営業表示の周知性判断の地域的範囲としては、第一次的に被告の営業地域である京都市内を基準とし、次いで、関西地区での周知性を問題とすべきであり、仮に原告営業表示が関西地区以外で周知であったとしても、その事をもって当然に被告表示の使用地域である京都市内でも周知であるといえるものではない。

そもそも原告の営業及びその知名度は東日本に地域的に偏在したものであり、原告の西日本への本格的進出は、平成二年秋頃からようやく計画され始めたにすぎないのである。

6  原告は、被告が被告営業表示を使用し始めた昭和五九年六月から平成二年六月に至るまで約六年間にわたり、その表示の使用に異議を唱えていない。このことはその間京都市内及び関西地区における原告の営業活動が低調かつ狭小であり、被告の営業と競業関係を持つ程の規模に至っていなかったことを示しており、この点からしても原告営業表示が周知性を有していなかったことがわかる。

三  請求原因三は認める。

四  請求原因四は否認する。

被告営業表示中の「司」の部分は被告代表者松田竹司の名前から一字を取ったもので、「つぼ」、「八」と同等の比重を持つ表示の本体部分であり、「司」「つぼ」「八」は全体として一個の営業表示「司つぼ八」を構成しているものである。

そして、原告営業表示と被告営業表示とを比較すると、被告営業表示の頭部には「司」があることから、原告営業表示と被告営業表示は外観、称呼においても類似していない。

原告営業表示の看板と被告営業表示の看板との相違についてみると、原告営業表示の看板は、赤を基調とし、「つぼ八」の各文字はほぼ均等の大きさであるのに対し、被告営業表示の看板は青を基調とし、字体も全体に丸みを持たせ、「つ」の字を大書するなど、原告の看板とは一見してその相違を識別できるものである。

そもそも被告営業表示の看板は被告が「司つぼ八」表示を用いて和風飲食店の営業を開始するに当たって、京都の伏見工芸に依頼して独自にそのデザインの候補をいくつか考案してもらい、そのうちの一つを採用したものである。それ故、被告営業表示の看板は原告のそれとは無関係に考案されたものであり、その結果として当然のことながら原告営業表示の看板と色彩、字体に大きな相違を生じているのである。

五  請求原因五は否認する。

原告店舗の原告営業表示の看板と被告店舗の被告営業表示の看板とはその色彩、字体ともに異なっており、容易に両者の相違を判別できるし、客層が、原告は主として不特定の若者層や女性客を対象とした大衆的低料金の居酒屋営業であり、被告は主としてより高年齢の固定客を対象とした和風居酒屋、生簀割烹料亭であり、そのため店舗外装も顧客層に合わせて、原告はレンガ造りの洋風なものであり、被告は木造を基調とし、提灯やのれんを掲げ、日本酒の酒樽を置く等一見して和風の外装である。この他、両者のマッチやはし袋、メニューについてみても、類似性はなく、両者の営業は、看板、顧客層、営業内容等の点で異なっており、両者が混同されるおそれはない。

六  請求原因六、七は否認する。

七  請求原因八は争う。

第四  抗弁

仮に、原告営業表示が現在周知であるとしても、被告は、原告営業表示が京都市内及び関西地区で周知性を有していなかった昭和五九年六月から善意で被告営業表示の使用を開始し、以来今日まで使用を継続しているものであり、不正競争防止法二条一項四号に該当し、被告の行為は同法一条一項二号、一条の二の一項の適用を受けない。

即ち、被告が昭和五九年に新たに和風飲食店の営業を開始するにあたり、被告代表者松田竹司が店舗の候補名として独自に、自分の名前から「司」の一字をとり、営業内容とのかねあいで「網」、「磯」、「タコ」、「つぼ」をいれ、「八」は末広がりに通じるものとして「司網八」、「司磯八」、「司タコ八」、「司つぼ八」の四つの名前を考え、これらを昭和五九年四月ころに、京都市在住の名称鑑定家渡邉元象に名称占いを依頼したところ、「司つぼ八」が最もいいとの鑑定結果であったため、これを被告営業表示として採用したものであるから、原告営業表示を利用する不正競争の目的は存在しない。

第五  抗弁に対する認否

抗弁は否認する。

昭和五九年六月頃、居酒屋業界は全体的に急成長期であっただけでなく、特に原告の営業は従来の居酒屋のイメージを一新した店舗内装、メニュー、客層が話題となり、社会風俗としてマスコミにたびたび取り上げられ、その頻度は現在よりも遥かに多かったほどである。業界紙誌も同様であった。原告の「つぼ八」営業は、日経流通新聞の日本飲食業調査において昭和五八年度の対前年比伸び率が二六六%と第一位であったことなど昭和五七年三月頃から同六〇年四月頃にかけ、日経三紙や業界紙誌に急成長と急速な店舗展開等その動向が頻繁に取り上げられている。このように一般大衆が最終消費者である原告の居酒屋営業が業界の注目を集めていたのは、とりもなおさず原告の営業が一般大衆の間で広い人気を得ていた証拠である。また、原告としてもブームに乗る形で加盟店募集、従業員募集を新聞や業界誌により日常的に行った。

被告は飲食業も営業目的とし、レストランである「レストラン鳥羽」を昭和五二年一一月に開店し、「グリル應夢」を昭和五六年一〇月に開店していた。どのような営業でも、新規に参入し、また営業を継続する場合業界の実情を調査、研究するのが事業家の常識であり、被告は関連会社において長年事業活動を行い、外食事業も七年近く営んできたから、昭和五九年六月の被告店舗(一)の開店に際し、特に和食、居酒屋業界を調査したことは確実である。そして昭和五九年六月頃は居酒屋ブーム、和食ブームの時期であり、そのことは被告代表者も知悉していた。

被告は第三店目の飲食店として被告店舗(一)を開業するについて、経験のあるレストランでなく、初めて居酒屋業界へ進出した。被告においては居酒屋業界への新規参入に当たって、経験のある専務が業界の現状等を調査していたということであるから原告の営業の急成長を知り得たはずである。また被告代表者自身も、日経三紙や業界紙誌を読んでいるはずであるから、原告の営業の急成長を知っていたはずである。そして被告店舗(一)の外装が原告のそれと極めて類似していることからすると、被告は原告営業表示をまねたものであり、善意使用に該当しない。

料理店の名称において、「八」の文字が使われることは多いし、和食ないし魚料理店に「網」「磯」の文字が使われることも多い。その組合せは自然であるし、実例も多いであろうが、反面何ら特異性がない。しかし「つぼ」は、「網」や「磯」と同列に連想する文字ではなく、魚料理とは無関係である。そして「つぼ八」は何の関連もない「つぼ」と「八」を組み合わせた造語であって、特別な根拠なくして造語されることはない。また造語された「つぼ八」は、原告営業表示である以外には、何らの観念も印象も生じさせることのない文字である。原告の「つぼ八」は第一号店の面積の「八坪」を逆にしたのがその由来であって、まねでない限り偶然に一致するものではない。被告が生簀割烹料理、海産関係の連想といいながら「網」と「磯」の次に「浜」、「舟」、「河岸」、「洲」、「鯛」、「海老」、「かに」など通常の文字を連想しないで、「つぼ」を連想したというのは不自然極まりない。しかも被告店舗(一)の営業内容は、居酒屋あるいは和食料理店であって、生簀割烹料理店ではない。

第六  証拠関係〈省略〉

理由

一当事者について

〈書証番号略〉、証人手島俊彰の証言(第一回)、本件記録に編綴された原告の商業登記簿謄本及び商業登記簿抄本並びに弁論の全趣旨によれば、請求原因一1を認めることができる。

請求原因一2は、当事者間に争いがない。

二原告営業表示及びその周知性について

1 〈書証番号略〉、証人手島俊彰の証言(第一回)、〈書証番号略〉によれば、原告が直営しあるいはフランチャイズ加盟店に経営させている居酒屋では、その営業の表示として、看板、袖看板、提燈、その他の店頭装飾、食器、箸袋、サービス用マッチ、宣伝用チラシ、パンフレット、ティッシュペーパーカバー等に、別紙原告営業表示目録記載のとおりの「つぼ八」の文字を毛筆で手書きしたかのような肉太の書体で横書きに表示したもの、同じ文字を同じ書体で縦書きに表示したもの、又は、こららの上部に「居酒屋」、「カジュアルハウス」又は「CASUAL HOUSE」の文字を通常の書体で加えたものを使用していること、新聞、雑誌では原告又は原告の営業を表示する語として、書体には関係なく、「つぼ八」、「居酒屋つぼ八」又は「カジュアルハウスつぼ八」が使用されていることが認められる(書体や縦書き、横書きのいかんに問わず「つぼ八」の語からなる表示が原告営業表示(三)であり、「居酒屋つぼ八」の語からなる表示が原告営業表示(一)であり、「カジュアルハウスつぼ八」又は「CASUAL HOUSEつぼ八」の語からなる表示が原告営業表示(二)である。)。

2  〈書証番号略〉並びに証人手島俊彰(第一回)及び証人境和之の各証言によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  原告は、北海道を中心に居酒屋チェーン「つぼ八」を展開していた別法人の株式会社つぼ八と伊藤萬株式会社の合併により昭和五七年四月に設立されたが、同年中から急速に店舗数、売上高を伸ばし始めた。

日本経済新聞社発行の日経流通新聞に昭和五九年ないし平成二年まで毎年四月に掲載された昭和五八年度から平成元年度における日本飲食業ランキングによれば、原告の右期間の直営店及びフランチャイズ加盟店を含む売上高、店舗数、飲食業界における売上高ランキングは以下のとおりである。

売上高 店舗数 ランキング

昭和五八年度 一一〇億円 一三六店 六六位

昭和五九年度 二一七億円 二四〇店 三六位

昭和六〇年度 二三八億円 三七二店 三四位

昭和六一年度 三九八億円 四二一店 二〇位

昭和六二年度 三九七億円 四三〇店 二一位

昭和六三年度 四五一億円 四二四店 二一位

平成元年度 四八一億円 四二九店 一九位

(平成元年度について、うちフランチャイズ加盟店の店舗数は、三九三店、それによる売上げは、四三四億円、)

右店舗数の内、大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀の各府県からなる関西地区における直営店及びフランチャイズ加盟店の出店状況は、昭和五九年六月当時は大阪府内に三店と神戸市内に二店のみであり、昭和六一年三月当時においては大阪府を中心に一五店(京都地区には店舗なし)、昭和六二年六月当時は、二七店(京都地区には、昭和六一年八月開店の四条大宮店と同年一二月開店の先斗町店の二店)であり、また平成二年一〇月二五日当時は、三〇店(京都地区は二店)であった。また、原告の関西支社は昭和五九年一一月に設置された。

(二)  昭和五八年から昭和五九年にかけて、原告や同業他社が店舗数、売上げを急激に成長させた時期で、「居酒屋ブーム」と言われ、単に飲食店経営に関心を持つ者ばかりでなく、社会現象として一般人の関心をも集めた。その中で、「つぼ八」が、創業者が約一〇年前に北海道の一軒の店からスタートして急成長したものであること、「つぼ八」の名は最初の店の床面積が八坪であったことに由来するものであるというエピソードが繰り返し報道された。

(三)  全国的に広い読者を有する日本経済新聞の全国版に、昭和五七年中に少なくとも三回、原告の設立や北京、バンコクへの進出計画、居酒屋商戦についての記事が掲載され、また、日本経済新聞社が全国的に発行する流通分野の専門紙である日経流通新聞には、昭和五七年中に少なくとも八回、原告の設立、直営店の出店、各地における開店情報が、昭和五八年中は少なくとも二三回、昭和五九年中は少なくとも二四回、昭和六〇年中は少なくとも一〇回、昭和六一年中は少なくとも六回、それぞれ居酒屋「つぼ八」についての原告の事業や各地における開店情報の記事が掲載され、これらの記事の中には「つぼ八」、「居酒屋つぼ八」等の原告営業表示が記載されていた。また、原告は、昭和五八年九月から昭和五九年五月までの間に少なくとも七回、同年六月から昭和六一年一一月までの間に、少なくとも一九回にわたって、日経流通新聞に原告営業表示(三)を明示したフランチャイズ加盟店募集広告を掲載したが、そのうち昭和五九年一〇月までの一〇回は全面又は二分の一面を越える大きさであった。

(四)  また、その他の一般雑誌、新聞に「つぼ八」という原告営業表示(三)とともに、原告やその直営店又はフランチャイズ加盟店、あるいは、当時の原告代表者が紹介された記事又は広告としては次のものがある。

(1) 週間読売(昭和五七年五月二三日号)

(2) 夕刊フジ東京版(昭和五七年六月一八日号)

(3) アサヒ芸能(昭和五八年七月頃発行)

(4) 日刊ゲンダイ(昭和五八年一一月三〇日号)

(5) 夕刊フジ(昭和五八年一二月一四日号)

(6) 雑誌商店界(昭和五九年三月頃発行)

(7) 雑誌ペントハウス(昭和五九年五月頃発行)

(8) 雑誌財界(昭和五九年一〇月二五日臨時増刊号)

(9) 雑誌実業界(昭和六〇年五月頃)

(10) 週刊東洋経済(昭和六〇年七月二七日号)

(11) 日刊ゲンダイ大阪版(昭和六〇年一二月一三日号)

(12) 日刊スポーツ(昭和六一年四月二二日号)

(13) 雑誌フラッシュ(平成二年九月一八日号)

(五)  更に、飲食店関係の業界新聞、業界雑誌に「つぼ八」という原告営業表示(三)とともに、原告やその直営店又はフランチャイズ加盟店あるいは当時の原告代表者が紹介された記事、広告としては次のものがある。

(1) 外食ジャーナル 昭和五七年三月一〇日号ないし昭和五八年三月九日号までの間に七回。

(2) 日本外食新聞 昭和五七年四月一五日号ないし昭和五九年四月二五日号までの間に八回、その後昭和六〇年一一月五日号までの間に六回。

(3) 月刊食堂(昭和五七年五月号、平成二年一月号)

(4) 季刊居酒屋(昭和五八年一二月頃発行)

(5) 月刊居酒屋(昭和六〇年五月号)

(6) 日経レストラン(平成二年一一月二一日号)

(六)  平成元年一二月には、テレビ東京及びフジテレビがそれぞれの系列で原告を含む居酒屋の営業を紹介する番組を放映した。

(七)  原告は、前記(一)でみた京都市内における原告店舗の開店時にあわせて、地元ラジオ局のスポットCMを、それぞれ二か月くらいにわたって各二〇本ないし四〇本放送して「つぼ八」の店名を宣伝し、また両店の販売促進のためのスポットCMも昭和六二年三月頃、二〇本ないし四〇本放送し、また四条大宮店の近くの阪急四条大宮駅の改札口の上の部分にかなり目立つ電照看板を設置し、更に両店の開店の際は、店舗付近及び京都市内の繁華街で、約一か月にわたって一日一万枚ぐらいの数のチラシを配付するなどして宣伝した。

(八)  原告は少なくとも平成二年四月から一〇月まで、関東地区、関西地区を含む放送エリアを持つ全国九局の放送局のネットワークで、他のスポンサーと共に、毎週一回、ナイターのラジオ中継を提供し、同年一〇月から平成三年四月まで同じ放送局で一週間に五日夕方一〇分間の番組を提供して、原告営業表示を宣伝した。

3  右2認定の、原告の直営店、フランチャイズ加盟店の数、売上高、同業者間でのランキング、京都を含む関西地区での店舗数、一般新聞・雑誌、業界新聞・雑誌等への記事や広告の掲載、テレビ、ラジオ等による報道、宣伝の状況によれば、少なくとも原告営業表示(三)である「つぼ八」及び原告営業表示(一)である「居酒屋つぼ八」は、前年の昭和六一年度の原告の全国における売上高が四〇〇億円近く、直営店及びフランチャイズ加盟店を合わせて店舗数が四〇〇店以上に達し、かつ全国飲食業界における売上高ランキングが二〇位と報道され、京都市内においても二店のフランチャイズ加盟店を有するに至っていた昭和六二年五月には、京都市内においても一般消費者の間で周知性を獲得していたと認めるのが相当であり、その後原告営業表示(三)が京都市内において周知性を失うに至った事情は本件についての全証拠によっても認められないから、原告営業表示(一)及び(三)は、現在も京都市内において周知であると推認される。

4  原告は、原告営業表示が昭和五九年六月の被告店舗(一)の開店時に、既に京都市においても周知であったと主張する。

しかし、その当時までに原告が報道関係に取り上げられた回数は前記認定の程度認められるとしても、前記認定のとおり、原告は、昭和五八年度には、全国でこそ、フランチャイズ加盟店も含めての総売上が一一〇億円、店舗数一三六店であるものの、関西地区においては、京都府下には店舗はなく、大阪府下に三店、神戸市に二店を有していたにすぎなかったもので、関西支社が設立されたのも昭和五九年一一月であり、結局、当時の原告の店舗は東日本を中心として展開していたものであって、また売上高についても飲食業界におけるランキングは六六位にとどまっていたものであり、右のような原告の全国における営業活動の程度と、関西地区における営業活動の状況によれば、飲食店業界人、飲食店業に関心を持つ者は別として、京都地区において原告の営む居酒屋の主な取引者である一般消費者又は原材料の供給業者の多くは、原告営業表示に直接接したり、見聞する機会には乏しかったものと認められるから、原告営業表示が京都地区において周知となっていたものと直ちに認めるに足りない。

また、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告のフランチャイズ加盟店の中には原告営業表示(二)を看板に使用している店舗があり、京都市内に所在する四条大宮店、稲荷店も同様であることが認められるが、右事実から原告営業表示(二)が原告の営業表示として京都市内において広く認識されているものとは認められず、他に原告営業表示(二)が原告の営業表示として京都市内において広く認識されていることを認めるに足りる証拠はない。

5  被告は、現在においても、原告営業表示は京都地区では周知性がないと主張する。

しかし、前記2、3に認定判断したとおり、昭和六二年五月当時も現在も、原告営業表示(一)及び(三)は京都市内においても、原告の営業活動ないし営業上の施設を指すものとして周知性を取得していたというべきであるから、被告の主張は採用できない。

三請求原因三(被告営業表示)は、当事者間に争いがない。

四被告営業表示と原告営業表示(一)及び(三)の類似性について

1  原告営業表示(一)の「居酒屋つぼ八」のうち「居酒屋」の部分は単に営業の種類を表すものにすぎないから、原告営業表示(一)の要部は「つぼ八」の部分にあるものと認められる。

2  被告営業表示のうち、被告営業表示(1)及び(2)は、争いのない請求原因三のとおり、被告店舗(一)及び(二)の看板、袖看板、のれん、提燈、はし袋、マッチ等に使用されているところ、いずれも「つぼ八」という文字を横書き又は縦書きにしたものに、小さ目の「司」という文字を、左上(被告営業表示(1))又は右上(被告営業表示(2))に、それぞれ付したものであり、このような被告営業表示(1)及び(2)の構成自体から、被告営業表示(1)及び(2)に接した一般消費者の中には大きく目立つ「つぼ八」の部分のみに着目する者も少なからずあるものと認められる。そして、看板、袖看板、のれん、提燈、はし袋、マッチ等被告店舗(一)及び(二)に使用される営業表示のほとんどが右のとおりのものである以上、被告店舗(二)のメニュー表に使用された被告営業表示(3)に接した一般消費者の中には被告営業表示(1)及び(2)に接した場合と同様に、被告営業表示(3)中の「つぼ八」の部分のみに着目する者が少なくないものというべきである。

したがって、被告営業表示は、いずれも「つぼ八」の部分のみも要部となるものと認められる。

ところで、原告営業表示(一)及び(三)が、昭和六二年五月当時、京都市内において周知性を取得していたことは、前記認定のとおりであり、このような周知の原告営業表示の存在を知っている一般消費者が被告営業表示に接した場合、被告営業表示のうち、小さ目に表示された「司」という文字部分には注目することなく、「つぼ八」の部分のみに注目することも少なくないと認められるから、「つぼ八」の部分が被告営業表示の要部であることは現在では一層明白である。

3  被告営業表示の要部である「つぼ八」の部分と原告営業表示(三)自体又は原告営業表示(一)の要部である「つぼ八」の部分とを対比すると、両者の称呼が同一であることは明白である。

また、両者を構成する文字はすべて一致しており、被告営業表示においても毛筆による手書き風の書体であるから、両者は外観において類似しているものと認められる。したがって、被告営業表示の要部と原告営業表示(三)自体又は原告営業表示(一)の要部とは類似するものであり、原告営業表示(一)及び(三)と被告営業表示を全体的に観察しても同様に類似するものと認められる。

五原告の営業と被告の営業との混同並びに原告の営業上の利益の害されるおそれについて

1 原告営業表示(一)及び(三)と被告営業表示が、類似していることは四認定のとおりである。

また、原告の営業は居酒屋であり、〈書証番号略〉並びに被告代表者尋問の結果によれば、被告が被告営業表示を使用している営業は和風居酒屋、生簀割烹店であることが認められ、いずれも一般大衆に酒食を提供するという点において、同一の業種に属するものである。更に、原告は直営店舗もあるものの、フランチャイズ契約を締結することにより、原告営業表示を使用した居酒屋チェーン店の経営を営み、平成元年度におけるフランチャイズ加盟店の数は全国で三九三店に及んでいることは前記二認定のとおりである。これらの事情に鑑みれば、被告が被告営業表示を使用して営業活動を行うことにより、一般消費者は、被告の営業上の施設又は営業活動を原告のそれ、とりわけフランチャイズ加盟店の一つと誤認するおそれがあり、それによって原告に営業上の損害が生じるおそれがあるものと認められる。

証人手島俊彰の証言(第一回)及び証人境和之の証言によれば、京都市内における原告のフランチャイズ加盟店である四条大宮店及び先斗町店へ、宴会予約の件やアルバイト応募の件で被告の店と間違えた電話が何回もあったことが認められ、このような混同の事例があることは、右認定のように混同のおそれがありかつ原告の営業上の利益が害されるおそれがあることを裏付けるものである。

2  被告は、原告の客層は主として不特定の若年層、女性客であり、そのため店舗外装も顧客層に合わせてレンガ造りの洋風なものであるところ、被告はより高年齢の固定客を主な対象とした和風居酒屋、生簀割烹料理であり、店舗も木造を基調とし、提灯やのれんを掲げ、日本酒の酒樽を置く等一見して和風の外装であり、この他、両者のマッチやはし袋、メニューについてみても、類似性はなく、両者の営業は、看板、顧客層、営業内容等の点で異なっており、両者が混同されるおそれはないと主張する。

しかし、原告の営業も被告の営業もともに酒食を提供する飲食店として同種の営業であるから、被告が主張する程度の料金の差、洋風か和風かの差では、両者が混同されるおそれがないとはいえない。

六抗弁(善意の先使用)について

1  〈書証番号略〉、証人渡邉元象こと渡邉章一の証言及び被告代表者本人尋問の結果によれば、被告代表者は、昭和五九年四月頃、かねて子や親族、会社名の命名鑑定を受けていた京都市在住の易者渡邉元象こと渡邉章一に、当時開店を計画していた被告店舗(一)の名称について「司網八」、「司磯八」、「司タコ八」、「司つぼ八」の四つの名前を候補としてあげて選名を依頼したところ、渡邉は、その中で「司つぼ八」が最適であると占ったので、被告代表者は、これにしたがって「司つぼ八」を採用することとし、訴外伏見工芸に注文して、看板を作成させ被告店舗(一)の営業表示として被告営業表示の使用を開始し、更に昭和六二年八月に被告店舗(二)を開店する際にも、右の被告店舗(一)に引き続いて、被告営業表示を使用して今日に至ったものと認められる。

2  〈書証番号略〉及び被告代表者尋問の結果によれば、被告は昭和四二年二月設立された会社で、その営業目的にはレストラン喫茶、旅館経営管理が含まれており、被告代表者の親族が経営する訴外株式会社ペガサスが昭和五二年一一月頃から営業していた「レストラン鳥羽」の経営を、昭和五四年頃から引き継いで平成二年一一月頃まで営業していたこと、被告は、昭和五四年頃には「レストラン伏見」を開店し経営していたが、客の暴力団関係者の発砲事件があったことからイメージを一新しようとして、店名を「レストランパルフェ」と改めるとともに、同じ場所で被告店舗(一)を開業したものであること、被告は、その外にも遅くとも昭和五六年一〇月頃には「グリル應夢」を開店し営業していたこと、被告代表者は株式会社ペガサス時代から「レストラン鳥羽」の経営を担当し、その後も被告の経営するレストラン経営の責任者であったもので、被告店舗(一)の開業当時、既に六年半のレストラン経営の経験を有し、三店のレストランを管理していたこと、被告店舗(一)は、被告としては初めて居酒屋、和食店へ進出するものであったこと、被告店舗(一)開店の昭和五九年当時は、居酒屋ブームといわれる状況であったことは、被告代表者も知っていたこと、被告代表者は当時日本経済新聞、日経流通新聞を読んだことがあったことが認められる。

また、昭和五八年から昭和五九年にかけては、原告や同業他社が急成長し、居酒屋ブームとして社会一般の関心を集めた時期であり、その中で「つぼ八」名の由来をめぐるエピソードが繰り返し報道されたこと、具体的にみても、日本経済新聞、日経流通新聞の外、週刊読売その他の一般雑誌、新聞、外食ジャーナル等の飲食店関係の業界新聞、業界雑誌に、原告営業表示とともに原告を紹介する記事や原告の広告が掲載されていたこと、昭和五九年四月に日経流通新聞に報道された昭和五八年度日本飲食店ランキングに六六位にランクされ、記事の中で急成長の企業として紹介されたことは前記二2認定のとおりである。

以上のような事実を総合すると、六年半以上も飲食店経営に携わり、かつ当時新たに居酒屋、和食の飲食店に進出しようとしていた被告代表者としては、当然前記のような原告を含む居酒屋業の急成長の報道に関心を持って接していたと推認するのが相当であり、被告が被告店舗(一)の営業表示として「司つぼ八」を使用することを決めるにあたって易者渡邉に示した四つの候補となる店名の一つとして「司つぼ八」を選定し、渡邉が「司つぼ八」の店名を推したのに応じて被告代表者自身がこれを採用することを最終的に決定した際に、被告代表者が、急成長を遂げて話題となっていた原告と原告営業表示を知っており、「つぼ八」を居酒屋営業に好ましい名称として被告の営業表示にとり入れようという気持ちが働いたという疑いを否定することはできない。

被告は、原告営業表示とは無関係に被告営業表示を使用することにしたものである旨主張し、被告代表者尋問の結果中には、「司つぼ八」の名前を決めた時原告の「つぼ八」の店があることを知らず、昭和五九年一一月頃に日本経済新聞に掲載された原告の広告を見て初めて原告を知った旨の部分があるが、被告代表者は昭和五八年度、昭和五九年度当時全国飲食店ランキング一一位ないし一二位にあり、店舗数も約一六〇〇軒を有していた居酒屋「養老乃瀧」の名も最近知るようになったと供述する等、不自然な点もあり、前記各認定事実に照らしたやすく信用できず、他に前記の疑いを払拭し、被告の主張を認めるに足りる証拠はない。

3  そうすると、被告代表者が被告店舗(一)について、被告営業表示の使用を開始するにあたり、善意すなわち不正競争の目的がなかったと認めることはできないから、原告の抗弁は採用できない。

七被告の故意又は過失について

以上の認定判断によれば、被告は、原告の営業表示が京都市内においても周知性を獲得した昭和六二年五月以降、不正競争防止法一条一項二号に該当する行為を行っているものであるところ、右時点においては被告代表者は原告営業表示が周知であることを認識しているものと認められるので、被告は、被告営業表示の使用を継続したことによって、少なくとも過失により原告に損害を与えたものと認められるから、原告に生じた損害を賠償する義務を負うものである。

八原告の損害額について

1  原告は、被告が原告営業表示(一)及び(三)と類似した被告営業表示を使用したことにより原告が受けた損害として、右原告営業表示の使用の対価に相当する金額を請求できるものである。

2  〈書証番号略〉並びに証人手島俊彰の証言(第一回、第二回)によれば、原告はフランチャイズ契約を締結した場合、契約の相手(加盟店)に対し、「つぼ八」の営業表示を使用して居酒屋事業を営むことを認めるとともに、調理方法、商品化方法、サービス方法等の各種営業方法についての指導、経営指導を行うこと、加盟店は契約と同時に、所定の基本金額(二店目からは半額)と店舗の総面積に一定額を乗じて算出される金額を合算した加盟金を支払うとともに、開店の月から、店舗の総面積に一定額を乗じて算出した月額のロイヤリティを前月二五日までに支払う義務を負い、その外にも広告分担金を支払う義務を負うものであること、被告店舗の面積は、被告店舗(一)が約二五坪、被告店舗(二)が約八〇坪であり、仮に原告が被告と被告店舗(一)ないし(二)について、「つぼ八」の営業表示を使用して店舗を営むためのフランチャイズ契約を締結したとすると、昭和五九年六月に開店した被告店舗(一)については、加盟金が基本金額一五〇万円と店舗面積3.3平方メートル当たり二万五〇〇〇円の割合で計算した六二万五〇〇〇円の合計二一二万五〇〇〇円、ロイヤリティ月額が店舗面積3.3平方メートル当たり二五〇〇円の割合で計算した六万二五〇〇円となり、昭和六二年八月に開店した被告店舗(二)については、加盟金が基本金額七五万円(一五〇万円の二分の一)と店舗面積3.3・平方メートル当たり二万五〇〇〇円の割合で計算した二〇〇万円の合計二七五万円、ロイヤリティ月額が店舗面積3.3平方メートル当たり三〇〇〇円の割合で計算した二四万円となることが認められる。

右認定のとおり、原告はフランチャイズ契約加盟店に対し単に「つぼ八」の営業表示の使用を許諾するのみでなく、各種営業方法についての指導、経営指導を行うつもりであり、それらの指導は大部分が開店準備の段階で行われるものと認められるから、前記加盟金、ロイヤリティの中には「つぼ八」の営業表示の使用権設定の対価、その使用料ばかりではなく、前記のような指導の対価をも含むものであり、営業表示の使用権設定の対価、使用料の占める割合は加盟金においては比較的小さく、ロイヤリティにおいては比較的大きいものと解されることを考慮すれば、加盟金の約三分の一が「つぼ八」の営業表示の使用権設定の対価で、ロイヤリティの約八〇パーセントが使用料であると認めるのが相当である。

したがって、被告店舗(一)についての加盟金相当額中原告営業表示(一)、(三)の使用権設定料相当部分は七〇万円、ロイヤリティ相当額中原告営業表示(一)、(三)の使用料相当部分は月額五万円であり、被告店舗(二)についての加盟金相当額中原告営業表示(一)、(三)の使用権設定料相当部分は九一万円、ロイヤリティ相当額中原告営業表示(一)、(三)の使用料相当部分は月額一九万円であると認められる。

3  よって、被告店舗(一)における原告営業表示(一)、(三)の使用の対価相当額は、使用権設定料相当分七〇万円と、原告の営業表示が京都市内においても周知となり、被告店舗(一)における被告営業表示の使用が不正競争防止法一条一項二号、一条の二第一項に該当することとなった昭和六二年五月から原告が本訴において賠償を求める平成二年八月分まで四〇か月分の一か月五万円の割合による使用料相当額の二〇〇万円との合計二七〇万円、被告店舗(二)における原告営業表示(一)、(三)の使用の対価相当額は、使用権設定料相当額九一万円と同店舗が開店した昭和六二年八月から前記平成二年八月まで三七か月分の一か月一九万円の割合による使用料相当額の七〇三万円との合計七九四万円とそれぞれ認められ、被告は、原告に対し、被告店舗(一)、(二)分の合計一〇六四万円の損害金を賠償する責任がある。

右金額を越える損害を認めるに足りる証拠はない。

九よって、原告の本訴請求は、被告営業表示の使用差止め及び抹消並びに損害金一〇六四万円及びこれに対する不正競争防止法違反の行為の後で本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成二年九月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めえる限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、仮執行宣言について民事訴訟法一九六条一項を(なお主文第一項及び第二項についての仮執行宣言は相当でないから付さない。)、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官西田美昭 裁判官宍戸充 裁判官櫻林正己)

別紙

別紙

別紙店舗目録

(一) 京都市伏見区深草堀田町一〇京阪ビル一階

味処司つぼ八

(二) 京都市伏見区深草西浦町五丁目五二

司つぼ八本店

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